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文化・歴史

天神さまと梅:飛梅の伝説と梅花祭、梅の名所になった天満宮

学問の神さま・菅原道真はなぜ梅とむすびつくのか。「東風吹かば」の歌、一夜で飛んだ「飛梅」、2月25日の梅花祭、梅の名所になった天満宮をまとめました。

天神さまと梅:飛梅の伝説と梅花祭、梅の名所になった天満宮
写真はイメージです。 写真: そらみみ / CC BY-SA 4.0(縮小・一部トリミング)

学問の神さまとして知られる「天神さま」こと菅原道真(845〜903年)は、梅の花を愛した人として伝えられています。天満宮や天神社に梅の名所が多いのは、そのためです。観梅に出かける前に知っておくと楽しい、天神さまと梅のつながりをまとめました。

道真が梅に詠んだ歌

梅は奈良時代に中国から日本に伝わり、梅を育てて花をめでることは、当時の都の人々にとって教養のある楽しみでした。歌人で学者でもあった道真も、梅を深く愛した一人です。

道真は京都から大宰府(いまの福岡県太宰府市)へ移されることになり、都を去る前に、庭の梅に向けて歌を詠んだと伝えられます。

東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ

春の東風(こち)が吹いたら、香りを届けておくれ。主人がいなくなっても、春を忘れずに咲くのだよ――という意味の歌です。

一夜で飛んだ「飛梅」

言い伝えでは、主人を慕った梅が一夜のうちに大宰府まで飛んでいったとされ、「飛梅(とびうめ)」と呼ばれるようになりました。太宰府天満宮の本殿前にある梅の木が、この飛梅だと言われています。

北野天満宮にも、この話が記録として残っています。北野天満宮によると、宮の古い記録には、延喜7年(907年)2月27日に、道真の屋敷「紅梅殿」の梅が大宰府の安楽寺(道真の墓所)へ飛んだと書かれています。

梅ヶ枝餅のはじまり

太宰府の名物「梅ヶ枝餅」にも、道真の言い伝えがあります。大宰府で暮らしに困っていた道真に、親切なおばあさんが梅の枝に餅を刺して届けた、という話です。いまの梅ヶ枝餅は、あんを包んだ餅の表面に梅の花の形を焼きつけたものです。

梅花祭

天満宮では、梅の季節に「梅花祭(ばいかさい)」が行われます。

  • 北野天満宮:毎年2月25日。「梅花祭野点大茶湯」も開かれます。→ 北野天満宮梅花祭2027
  • 太宰府天満宮:巫女が梅の枝を持って舞う梅花祭のほか、春の「曲水の宴」など、梅にちなんだ行事がいくつもあります。

天満宮の梅を見に行く

天満宮 梅の数 花の時期の目安
太宰府天満宮(福岡県) 約200種・6,000本 1月下旬〜3月上旬
北野天満宮(京都府) 約50種・1,500本 正月明けから3月末ごろ(梅苑の公開は例年2月上旬〜3月下旬)

太宰府では、梅は天満宮だけでなく太宰府市や福岡県のシンボルにもなっていて、町の家の庭先にも梅の木が植えられています。

東京なら、梅まつりで知られる湯島天満宮があります。鹿児島県の藤川天神には、道真の手植えと伝わる梅から増えたとされる「臥龍梅」の梅林があります。見頃や行き方は、それぞれの名所のページをご覧ください。

花の時期は年によって前後します。出かける前に、開花速報と各天満宮の案内で確かめてください。

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